【第2章】AI音声入力のコツは「えーっと」を恐れないこと|完璧主義が生産性を殺す理由

音声入力をお勧めすると、多くの人がこう言って尻込みする。

「私はアナウンサーのように流暢に喋れないから」

「『えーっと』とか『あのー』とか入っちゃうと、後で直すのが大変そうだから」

もしあなたもそう思っているなら、安心してほしい。

その心配は、AIの「聴く力」を人間と同じレベルで考えてしまっていることからくる、根本的な誤解である。

この章では、なぜAIに対しては「言い淀み」や「重複」を恐れる必要がないのか、そして、なぜ「句読点」すら口にする必要がないのかを解説する。その裏側にある技術的な「からくり」を知れば、あなたの音声入力に対する心理的ブロックは消え去るはずだ。


AIは「言葉」ではなく「成分」を見ている

人間同士の会話では、話し方が流暢であることは確かに重要だ。聞き取りにくい話し方は、相手の脳にストレスを与える。相手は「聞き取る」という作業にリソースを割かれ、内容の理解に集中できなくなる。

しかし、AIは人間ではない。

AIにとって、あなたが発する言葉は単なる「データ」であり、もっと言えば「料理の材料」のようなものだ。

ミキサーを持ったシェフに、一口サイズに切った野菜を渡していないか

ここで、AIを「超高性能ミキサーを持ったシェフ」だとイメージしてみてほしい。

あなたが文章を推敲し、綺麗に整えてから入力する行為は、野菜の皮を丁寧にむき、一口サイズに切り揃えてからシェフに渡すようなものだ。

確かに丁寧ではある。

しかし、シェフ(AI)からすればこう思うだろう。

「いや、どうせミキサーにかけてペーストにするんだから、泥がついたままでも、皮ごと丸ままでも良かったのに」

AIは、入力されたテキストを以下のように処理している。

  1. 分解する:文章を「トークン」と呼ばれる最小単位にバラバラにする
  2. 成分分析する:それぞれの単語が持つ「意味の数値(ベクトル)」を計算する
  3. 再構築する:ユーザーが何を求めているかという「意図」を組み立てる

つまり、形が整っているかどうか——文法が正しいか、句読点が適切か——は、そこまで重要ではないのだ。

重要なのは、「そこに何の食材(キーワード)が含まれているか」だけなのである。

あなたが30分かけて推敲した「完璧な一文」も、思いつくままに喋った「乱雑な3分間の音声」も、AIの内部では同じように分解され、意味の成分だけが抽出される。

違いがあるとすれば、後者の方が圧倒的に「材料が多い」ということだ。


「えーっと」というノイズは勝手に消える

では、音声入力特有の「あー」「えーっと」といった無意味な言葉——言語学では「フィラー」と呼ばれるもの——はどう処理されるのだろうか。

ここには、現在のAI技術の核心である「Attention(注意機構)」という仕組みが働いている。

AIは全ての言葉を平等に扱わない

あなたがこう喋ったとする。

「えーっと、次の企画なんだけど、あのー、ターゲットはシニア層で、いやそうじゃなくて、やっぱり若者向けにしたい」

人間がこれを聞いたら、「この人、考えがまとまってないな」と思うかもしれない。

しかし、AIはこの文章を読むとき、全ての単語を平等に扱ってはいない。

「この単語はどれくらい重要か?」という重み付けを、瞬時に計算しているのだ。

  • 「えーっと」「あのー」 → 重要度:ほぼゼロ(無視)
  • 「企画」「ターゲット」 → 重要度:高
  • 「シニア層」「いやそうじゃなくて」「若者向け」 → 重要度:最高

AIは文脈から、「シニア層」という言葉の後に否定の文脈が続いていることを検知し、最終的に「ターゲット=若者」という結論だけを抽出する。

つまり、あなたの口から出た「ゴミ(ノイズ)」は、AIの脳内で自動的にフィルタリングされ、捨てられているのである。

むしろ「迷い」は情報になる

ここで一つ、逆説的な事実をお伝えしたい。

実は、言い直しや迷いを含んだ入力の方が、AIの理解精度が上がることがある。

なぜか。

「シニア層、いやそうじゃなくて、若者向け」という発言には、単に「若者向け」と言うよりも多くの情報が含まれている。

  • この人は最初シニア層を考えていた
  • しかし何らかの理由でそれを否定した
  • 最終的に若者を選んだ

AIはこの「思考のプロセス」を読み取ることができる。だから、続く質問で「なぜシニア層をやめたのですか?」と聞くこともできるし、「若者向けにする場合の注意点」をより的確に提案することもできる。

整形された入力からは、この文脈は消えている。

あなたの「迷い」は、ゴミではない。それは、AIがあなたをより深く理解するための貴重な手がかりなのだ。


「まる」「てん」と言っている時間は人生の無駄である

音声入力をしている人の中に、律儀にこう言っている人がいる。

「今日はいい天気ですね、まる。明日は雨でしょうか、てん、心配です、かいぎょう」

はっきり言わせていただきたい。

その「まる」「てん」を言う時間は、人生の無駄である。

YouTubeの字幕を思い出してほしい

YouTubeの自動生成字幕を見たことがあるだろうか。

句読点など一切ない。改行もほとんどない。それでも、意味は通じるはずだ。

なぜか。

AIは、大量のテキストデータを学習しているため、「確率」で文章の区切りを予測できるからだ。

「今日はいい天気ですね」という言葉が来れば、その次は99%の確率で「文章が終わる(句点)」か「逆接(しかし)」が来ると知っている。

「明日は雨でしょうか心配です」と句読点なしで入力しても、AIは脳内で「明日は雨でしょうか、心配です」と勝手に補完して処理している。

リズムを殺す句読点より、流れに乗った思考を

音声入力の最大の利点は、「思考の速度で言葉を出せる」ことだ。

タイピングでは、指が思考に追いつかない。その間に、浮かんだアイデアが消えていく。

しかし、「まる」「てん」と言う行為は、この流れを自ら断ち切っている。

思考が流れている最中に、「まる」と言う。その瞬間、脳は「句点を打つ」という別のタスクに切り替わる。元の思考の流れは中断され、次の文を考え直さなければならない。

これは、川の流れに自分でダムを作っているようなものだ。

息継ぎなしで喋り続けても、AIはちゃんと息をして読んでくれる。

あなたは、流れに身を任せればいい。


私たちは「誰に」気を遣っているのか

ここで、少し立ち止まって考えてみたい。

音声入力で「綺麗に話そう」とするとき、私たちは一体「誰に」気を遣っているのだろうか。

AIか?

違う。AIは気を遣われても何も感じない。

では、誰か。

内面化された「他者の目」

私たちの頭の中には、「ちゃんとしなさい」と言う声が住んでいる。

それは、学校の先生かもしれない。「正しい日本語を書きなさい」と赤ペンで添削した、あの先生だ。

上司かもしれない。「もっと分かりやすく説明してくれ」と眉をひそめた、あの上司だ。

親かもしれない。世間かもしれない。

私たちは、実際には誰も聞いていない場面でも、この「内なる審判者」に評価されることを恐れている。

AIに向かって喋っているとき、あなたを評価している人間は、この世界のどこにもいない。

それなのに、私たちは「えーっと」と言ってしまった自分を恥じる。

これは、誰もいない部屋で身だしなみを気にしているようなものだ。

ATMに「すみません」と言う病

極端な例を挙げよう。

ATMでお金を下ろすとき、「お忙しいところすみません」と話しかける人はいない。

洗濯機に洗濯物を入れるとき、靴下を畳んでから入れる人もいない。

それは、ATMや洗濯機が「相手」ではないと、私たちが知っているからだ。

しかし、AIに対しては、私たちはまだこの切り替えができていない。

AIは、あなたの「えーっと」を聞いて、「この人は頭が悪いな」とは思わない。「この人は緊張しているな」とも思わない。何も思わない。

AIは、感情を持たない処理装置だ。

あなたの発言を、ただ「データ」として受け取り、「意味」だけを抽出し、「回答」を生成する。

それだけだ。


「礼儀正しさ」が仇になる時代

私たちは学校教育で、「正しい日本語を書きなさい」「相手に分かりやすく伝えなさい」と教わってきた。

それは、人間同士のコミュニケーションにおいては、今でも正しい。

しかし、対AIにおいては、その礼儀正しさが仇となる。

なぜなら、「整える」という行為には、必ずコストがかかるからだ。

時間のコスト。思考を中断するコスト。そして、「整えなければ」というプレッシャーによる心理的コスト。

これらのコストを払って得られるものは何か。

AIにとっては、ほぼゼロだ。

AIは、整っていない入力でも同じように処理できる。むしろ、整える過程で削ぎ落とされた情報——迷い、文脈、思考のプロセス——を惜しんでいるかもしれない。

あなたが払っているコストは、誰の利益にもなっていない。

それは、純粋な「損失」なのだ。


雑に投げろ、熱いうちに

料理には、「熱いうちに食べる」という鉄則がある。

どんなに美しく盛り付けられた料理も、冷めてしまえば味は落ちる。逆に、見た目が多少悪くても、熱々の料理は美味しい。

思考も同じだ。

頭に浮かんだアイデアには「鮮度」がある。浮かんだ瞬間が最も鮮烈で、時間が経つほど輪郭がぼやけていく。

キーボードで整形している間に、あなたのアイデアは冷めていく。

「もっといい言い回しがあるはずだ」と推敲している間に、次に浮かぶはずだったアイデアは、浮かぶ機会を失う。

音声入力は、この「熱さ」を保ったまま、思考を外部化する手段だ。

形は悪くていい。味付けはAIがやってくれる。

あなたの仕事は、熱いうちに材料を投げ込むこと。それだけだ。


今日からできること

この章の結論は、シンプルだ。

「えーっと」を恐れるのをやめよう。

言い間違えたら、「あ、ごめん今のナシ、正しくは〇〇」と言い直せばいい。AIはその修正を理解する。

文法がめちゃくちゃでも、単語さえ合っていれば意図は伝わる。AIは文脈から補完する。

句読点を言う必要はない。AIは確率で予測する。

あなたの頭の中にあるカオスを、そのままAIにぶつけてみてほしい。

整理するのは、AIの仕事だ。

あなたの仕事は、カオスを生み出すこと。

そして、そのカオスの中から、AIは驚くような秩序を生み出してくれるはずだ。


次章では、この「カオスを投げる」という行為を、さらに実践的なレベルに落とし込んでいく。具体的に、どんな場面で、どんな風に音声入力を使えば、あなたの生産性は最大化されるのか。そして、多くの人が陥る「音声入力の落とし穴」とその回避法について解説する。

part 2 of 10 【講座名】 AI音声入力『全10回』

AI音声入力『全10回』

【第1章】音声入力でAI活用が10倍変わる!キーボードを捨てるべき科学的理由

【第2章】AI音声入力のコツは「えーっと」を恐れないこと|完璧主義が生産性を殺す理由

【第3章】音声入力で誤字脱字を直してはいけない理由|AIが「間違い」から真意を読み取る仕組み

【第4章】AIに「ありがとう」と言うと性能が上がる科学的理由—感情プロンプトの正体

【第5章】AIが突然「天才」になる魔法の一言|ステップバイステップ思考法の全貌

【第6章】AI プロンプト「〇〇しないで」が逆効果な理由|否定命令をやめた瞬間、ChatGPTが急に賢くなる

【第7章】フォルダ整理は時間の無駄?AI時代の「ゴミ箱ファイル管理術」で生産性が爆上がりする理由

【第8章】泥酔AIによる天才的?なアイデア出し ハルシネーションを武器にする方法

【第9章】AIプロンプト ペルソナ設定で劇的に変わる!回答品質を10倍にする役割指定テクニック

【第10章】AIに説明するな、「例」を見せろ。Few-Shot Promptingで劇的に変わるAI活用術

コメント

この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP