あなたは今、3ヶ月かけて作ったSaaSのダッシュボードを眺めている。UIは完璧だ。バックエンドはスケーラブルに設計した。テストカバレッジは90%を超えている。Product Huntへの投稿ボタンに指が震える。
ローンチから24時間後、登録者数は32人。翌日ログインしたのは、たったの4人。1週間後には、誰もいなくなった。
あなたの技術力が低かったのではない。あなたは「製品を作ること」と「ビジネスをすること」を取り違えていただけだ。
この業界には、誰も口にしない真実がある。月商10万ドルを稼ぐマイクロSaaSの創業者たちは、最初の2ヶ月間、コードを1行も書いていない。彼らが売っていたのは「製品」ではなく、「痛みの消失」という体験そのものだった。
「良い製品を作れば売れる」という呪いを解く
あなたを殺す3つの社会的洗脳
洗脳1:「完璧な製品を作ってからローンチすべきだ」
これは大企業の論理だ。彼らは失敗したプロダクトを広告費で延命させられる。あなたにはその贅沢はない。だが、多くの個人開発者はこの幻想に囚われ、「ベータ版なんて恥ずかしい」と6ヶ月を無駄にする。
真実はこうだ。製品の完成度と売上の間には、因果関係がない。
FeedbackPandaの創業者Arvid Kahlは、最初の60日間、Google Docsのテンプレート集を手売りしていた。自動化はゼロ。顧客が「コメント送って」とメールすると、彼が手動でコピペして返信していた。それでも月商5万ドルに到達した。なぜか? 顧客が買ったのは「製品」ではなく、「毎日2時間かかっていた作業が10分になる未来」だったからだ。
洗脳2:「技術的に優れたソリューションこそが勝つ」
Photo AIというサービスがある。あなたの顔写真をアップロードすると、AIが「もしあなたがモデルだったら」という写真を生成してくれる。創業者のPieter Levelsは、最初の顧客100人に対し、Stripeの決済リンクと、手動でのメール送信だけで対応していた。
自動化されたワークフロー?ない。管理画面?ない。データベース?Google Sheetsだ。それでも月商10万ドルに到達した。
彼が自動化を始めたのは、「手動だと週40時間かかって自分が死にそうになった時」だけだ。顧客は、あなたのコードが美しいかどうかには1ミリも関心がない。彼らが金を払うのは、問題が消える瞬間に対してだけだ。
洗脳3:「大きな市場を狙わないとビジネスにならない」
「ファンタジー小説を書く作家向けの、世界観設定管理ツール」──こんなニッチ、ビジネスになるわけがない?
だが、WorldAnvilというサービスは、まさにこれで年商数百万ドルを稼いでいる。競合はゼロ。価格決定権は完全に自分たちにある。なぜなら、「代替品がない」市場では、顧客は値段を比較できないからだ。
大企業が「市場が小さすぎる」と無視した領域こそが、個人開発者にとっての聖域だ。月間アクティブユーザー1000人のニッチツールが、月商100万円を生み出す。それで十分ではないのか?
「製品開発」と「顧客開発」の順序を逆転させよ
ここからが、あなたの世界観を破壊する本論だ。
概念の再定義:「垂直的検証」と「水平的開発」
従来の製品開発は「水平的開発」だった。つまり、まず機能をリストアップし、すべてを実装してからユーザーテストをする。これは「広く浅く」のアプローチだ。
だが、成功するマイクロSaaSはすべて「垂直的検証」から始まっている。つまり、たった1人の顧客の、たった1つの痛みを、手動でもいいから100%解決する。その後、2人目も同じ痛みを持っていることを確認し、初めて自動化を考える。
この順序の逆転が、すべてを変える。
水平的開発の結末:「誰も欲しがらない完璧な製品」が6ヶ月後に完成する。
垂直的検証の結末:「不完全だが、確実に金を払う顧客がいる製品」が2週間で生まれる。
今すぐ始める「コンシェルジュMVP」戦略
ここからは、スマホを片手に寝転びながらでも始められる、最小の一歩を示す。
Step 0:今夜、ベッドの中でやること(所要時間:10分)
Notionを開き、「今週イライラしたこと」を3つ書け。
- 「Slackの通知が多すぎて、重要なメッセージを見逃した」
- 「経費精算のスクショを撮って、Excelに転記する作業が面倒」
- 「フリーランス案件の請求書作成に毎月2時間かかる」
この3つの中に、あなたの次の1年を変えるビジネスが眠っている。なぜなら、あなたが困っていることは、同じ状況の100人も困っているからだ。
Step 1:需要の「痕跡」を72時間で発見する
製品を作る前に、「誰かがこれに金を払う証拠」を探す。
Day 1:Twitter検索で不満を収集する
以下の検索ワードをTwitterに打ち込め。
- 「[既存ツール名] sucks」
- 「[既存ツール名] alternative」
- 「I wish there was a tool for [あなたの困りごと]」
例えば、「Notion alternative」で検索すると、数百件の「Notionは重い」「データベースが使いにくい」という不満が見つかる。これをスプレッドシートにコピペしていく。目標は50件の不満収集だ。
Day 2-3:「週1回以上 × 30分以上」の法則で絞り込む
集めた不満の中から、以下の2つを満たすものを3つに絞れ。
- 頻度:週1回以上発生する問題か?
- 苦痛度:解決に30分以上かかっているか?
この2つを満たす問題なら、月5000円払ってでも解決したい人が必ずいる。
Step 2:コードを書かずに「売る」体験をする
ここが最も重要な分岐点だ。多くの開発者は、ここで「よし、React環境を立ち上げよう」と走り出して失敗する。
Week 1:Typeformで「需要テスト」を行う
以下のような1ページのランディングページを、Typeformで2時間で作れ。
見出し:
「毎週2時間かかる経費精算を、10分で終わらせるツール」
説明文:
スマホで領収書を撮影→自動でExcelに転記→ワンクリックで上司に送信。月額980円で、あなたの金曜午後を取り戻しませんか?
ボタン:
「事前登録する(ローンチ時に50%割引)」
これをTwitterやFacebookグループに「私もこれで困ってたので、作ってみました」と投稿する。「売り込み」ではなく「共感」を示せ。
もし100人が見て、3人が登録したら、その市場には需要がある。0人なら、次のアイデアへ移れ。失ったのはたったの2時間だ。
Week 2-4:手動で価値を提供し、初めての「売上」を得る
登録者に以下のメールを送れ。
「ご登録ありがとうございます! 実は、完全自動化はまだ開発中でして、最初の10名様には私が手動で対応させていただきます。領収書の写真を、このメールに返信で送っていただければ、24時間以内にExcel化してお返しします。料金は月980円ですが、初月は無料です。よろしければ、試していただけませんか?」
これが「コンシェルジュMVP」だ。あなたは人力で領収書をExcelに転記する。苦痛だ。だが、この苦痛こそが、「どこを自動化すべきか」を教えてくれる。
5人が申し込み、そのうち3人が「これ便利! 来月も続けたい」と言ったら、あなたには確実に売れる製品がある。その時点で、初めてコードを書き始めろ。
Step 3:「自分が死にそうになった瞬間」だけを自動化する
Month 2:手動作業の「苦痛マップ」を作る
10回、手動で顧客対応をした後、以下をリストアップしろ。
- 「毎回同じ作業を繰り返している」→ 自動化の最優先候補
- 「顧客ごとにカスタマイズが必要」→ 人力のまま残す
- 「週5時間以上かかっている」→ 自動化しないと自分が壊れる
このリストの上位3つだけを、スクリプト化する。それ以外は無視しろ。
Month 3:顧客の声で「次の機能」を決める
顧客との会話で3回以上出た要望だけを実装しろ。それ以外は、すべて「検討します」と言って忘れろ。
なぜか? 1回しか言われなかった要望は、その1人だけの特殊事情だからだ。3回出た要望は、市場全体の10%が欲しがっている証拠だ。
Q&A:あなたの「でも…」に答える
Q1:「でも、手動だと規模が拡大できないのでは?」
A:規模拡大を心配するのは、月商100万円を超えてからだ。
Zapierの創業者は、最初の100人の顧客に対し、統合設定を手動で行っていた。顧客が「Gmail→Slackの連携をしたい」と言うと、彼らが裏でスクリプトを書いて実行していた。自動化されたUI? そんなものはなかった。
月商10万円の段階で「スケーラビリティ」を語るのは、ラーメン屋を開業した初日に「チェーン展開の戦略」を考えるようなものだ。まずは、目の前の10人に最高のラーメンを出せ。
キラーフレーズ:
「100人の顧客がいないのに、100万人対応のインフラを心配するのは、恋人がいないのに離婚の心配をするようなものだ」
Q2:「でも、ニッチすぎて食えないのでは?」
A:月商30万円で生活できるなら、それは「食えるビジネス」だ。
「ポッドキャスト編集者向けの、文字起こし自動校正ツール」──こんなニッチでも、月額3000円 × 100人で月商30万円になる。ポッドキャスト編集者は世界に何万人もいる。100人獲得するのは、決して不可能ではない。
むしろ、ニッチであるほど広告費がゼロで済む。なぜなら、該当するコミュニティ(Subreddit、Facebookグループ、Discordサーバー)に直接投稿できるからだ。
「Photoshop代替ツール」を作ったら、AdobeとCanvaと競争し、広告費で破産する。「建築パース制作者向けの、背景素材管理ツール」を作れば、競合ゼロで独占できる。
キラーフレーズ:
「大海原で巨大船と戦うより、誰も気づいていない池を独占しろ」
Q3:「でも、技術的負債が怖い…」
A:最初の顧客100人までは、「動けばいい」で十分だ。
Pieter Levelsは全てのサービスをPHPで作っている。理由は「速いから」だ。「枯れた技術」と馬鹿にされようが、彼の年商は数億円だ。
技術的負債を恐れるあまり、最新のフレームワークを3ヶ月学んでいる間に、PHPで3日で作った競合がシェアを奪う。それが現実だ。
リファクタリングは、売上が立ってから考えろ。コードが汚くても、顧客の銀行口座から金が引き落とされるなら、それは「動いている」証拠だ。
キラーフレーズ:
「美しいコードを書くのは、醜い売上を作った後だ」
あなたが明日やるべき、たった1つのこと
この記事を読み終わった今、あなたの目の前には2つの道がある。
道A:「面白かった」とブラウザを閉じ、明日もVSCodeを開いて、誰も欲しがらない機能を実装する。
道B:今すぐスマホでNotionを開き、「今週イライラしたこと」を3つ書き、そのうち1つをTwitterで検索する。
この選択が、1年後のあなたの銀行口座の残高を決める。
個人開発者が勝つ唯一のルールは、「大企業と戦わない」こと。彼らが戦車で攻めてくる戦場には行かない。自分だけが知っている「小さな痛み」を、自分の手で解決する。それを見ていた10人が「私も欲しい」と言ったら、コードを書き始める。
製品開発は目的ではない。誰かの月曜日の朝を、少しだけマシにするための手段でしかない。そして、その「少しだけ」の積み重ねが、月商100万円になる。
あなたがやるべきことは、GitHubを開くことではない。
Notionに「今週イライラしたこと」を3つ書くことだ。その中に、次の1年を変えるビジネスが眠っている。
さあ、今すぐ書け。あなたの最初の顧客は、あなたの「イライラリスト」の中で、金を握りしめて待っている。
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