あなたは今、ツルハシを買おうとしている
スマホに届いた一通のDM。
「コピペだけで月30万円稼げる方法、知りたくないですか?」
削除しようとした指が、ほんの一瞬だけ止まる。その一瞬に、あなたの脳内では小さな物語が始まっている。会社を辞めて自由になる自分。通勤電車から解放される朝。上司の顔を見ずに済む日々。
その一瞬で、あなたはもう半分「買って」いる。
これは詐欺の話ではない。もっと巧妙で、もっと合法的で、そしてもっと普遍的な、人間の欲望を燃料にしたビジネスエコシステムの話だ。
1849年、カリフォルニアで誰が本当に儲けたのか
歴史の教科書は嘘をつかないが、大事なことは省略する。
ゴールドラッシュの時代、何万人もの男たちがカリフォルニアに殺到した。金を掘り当てる夢を抱いて。つるはしを手に、川辺で砂を篩にかけ続けた。ほとんどの人間は何も見つけられず、借金と疲労だけを抱えて帰った。
では、誰が儲けたのか?
ジーンズを売ったリーバイ・シュトラウス。
シャベルを売った金物屋。
宿と食事を提供した商人たち。
彼らは金鉱など一度も掘らなかった。掘る必要がなかった。なぜなら、彼らが掘っていたのは「金鉱を掘る人々の財布」だったから。
この構造は、170年後の今日も、形を変えて完璧に機能している。
SNSは現代の金鉱、そしてあなたは何者なのか
「AI使うだけで月50万」
「コピペで年収1000万」
「何もしないで権利収入」
これらの投稿を見たとき、あなたの中で2つの声が戦っている。
理性の声: 「怪しい。そんなうまい話があるわけない」
欲望の声: 「でも、もし本当だったら? 自分だけが乗り遅れたら?」
このせめぎ合いの瞬間こそが、現代版ツルハシビジネスの収穫期だ。
投稿者たちは金鉱を掘っていない。彼らが掘っているのは、あなたの「もし本当だったら?」という可能性への執着だ。
年収5000万円の正体
ここで冷徹な算数をしよう。
フォロワー10万人のアカウントがある。「誰でも稼げる」系の発信をしている。彼らが月50万円の高額コンサルを売るとする。
SNSからのコンバージョン率は、業界最高レベルでも1〜3%。つまり、10万人中1000〜3000人が興味を持つ。そのうち実際に買うのは10〜30人。
月50万円 × 20人 = 月1000万円 = 年間1億2000万円
この数字のマジックに気づいただろうか?
彼らが売っているのは「コピペで稼ぐ方法」ではない。売っているのは「コピペで稼ぎたい人に、コンサルを売る方法」なのだ。
つまり、彼らの本当のビジネスモデルは:
「楽して稼ぎたい人々の欲望」を集めて、「その欲望を満たす方法があると信じさせる」こと
これは詐欺ではない。彼らは確かに稼いでいる。ただし、彼らが稼いでいるのは「教えている方法」によってではなく、「教えること自体」によってだ。
教えている時点で、その方法はもう死んでいる
プロ野球選手が現役を引退すると、解説者になる。
一流シェフが店を畳むと、料理教室を開く。
トレーダーが市場から退くと、投資セミナーの講師になる。
これらに共通するパターンが見えるだろうか?
「教える側」に回るとき、人はプレイヤーであることをやめている。
もし本当に「コピペだけで月50万円」稼げる方法が今現在存在するなら、その方法の発見者は何をするだろうか?
A) その方法を1万人に教えて競争相手を増やす
B) 誰にも言わず、ひっそりと稼ぎ続ける
答えは自明だ。
情報の賞味期限という残酷な真実
マーケットには「裁定機会」という概念がある。市場の歪みを利用して、ほぼリスクなく利益を得られるチャンス。
しかし、裁定機会には致命的な特徴がある:知られた瞬間に消滅する。
なぜなら、その情報を使う人が増えれば増えるほど、市場の歪みが解消されるから。100人が同じ抜け道を使えば、そこは抜け道ではなくなる。
「誰でも稼げる方法」を1万人に教えた瞬間、その方法は「誰も稼げない方法」に変わる。
にもかかわらず、教材は売れ続ける。なぜか?
買う側が、この構造を理解するのは「買った後」だから。
あなたが本当に買っているもの
情報商材を買う人は、PDFやセミナーチケットを買っているつもりでいる。
違う。
あなたが買っているのは、「現状を変えずに未来を変える」という矛盾した欲望の一時的な満足だ。
購入ボタンを押した瞬間、脳内では祝祭が始まる。「これで人生が変わる」という陶酔。その陶酔こそが、実は商品の本体だ。
実際にそのPDFを開くのは3日後。実践を始めるのは1週間後。挫折するのは2週間後。そして3週間後には、また別の「誰でも稼げる」投稿を見て、同じ陶酔を求めている。
これは依存症の構造と同じだ。
アルコール依存症の人が求めているのは酒ではなく、「酒を飲めば解決する」という一時的な希望。実際に酔いが覚めれば問題は何も解決していないが、その瞬間だけは楽になれる。
「稼げる系」情報商材は、合法的に売られている希望という名の麻薬だ。
沈黙している人々の声を聞け
私の知人に、年商3億円の通販会社を経営している男がいる。
彼はSNSをやらない。セミナーもしない。noteも書かない。コンサルも受け付けない。
なぜか? 彼はこう言った。
「教えてる時間があったら、次の商品開発するよ。それに、俺が稼げてる理由の9割は『偶然と運とタイミング』だから、再現性なんてないしね」
これが、本物の成功者の声だ。
本当に稼いでいる人は、その方法を言語化するのが難しい。なぜなら、彼らの成功は「システム」ではなく「無数の微細な判断の積み重ね」だから。
そして何より、稼ぎ続けるためには集中力が必要で、他人に教えている余裕などない。
逆に、「誰でもできる」「再現性100%」と断言できる人は、その方法がすでに形式化され、汎用化され、そして陳腐化していることを自白している。
「教えたがる人」の経済的動機
ここで、もう一度冷徹な算数をしよう。
パターンA: 物販ビジネスで月50万円稼ぐ
→ 在庫管理、発送作業、顧客対応、トラブル処理…日々の労働が必要
パターンB: 「物販ビジネスで月50万円稼ぐ方法」を10万円で10人に教える
→ 一度作った教材を売るだけ。月100万円。労働はほぼゼロ。
どちらが楽に稼げるか?
答えは明白だ。
つまり、「教える側」に回ることこそが、実は唯一合法的に「何もしないで稼ぐ」方法なのだ。
このパラドックスの美しさに気づいてほしい。
「コピペだけで稼げる」と言っている人だけが、実際にコピペだけで稼いでいる。なぜなら、彼らは一度作った教材を無限にコピペして売っているから。
「今だけ」「限定」「残り3席」という言語的暴力
希少性と緊急性。この2つは、人間の理性を一時的に麻痺させる魔法の言葉だ。
「今だけ50%オフ」
「残り3席」
「明日には値上げします」
これらの言葉を見た瞬間、あなたの脳は「考える」モードから「反応する」モードに切り替わる。
しかし、冷静に観察してほしい。
その「残り3席」は、来週になっても残り3席のままではないか?
その「今日だけ」の割引は、毎週行われていないか?
これは嘘ではない。ギリギリ嘘ではない。なぜなら、毎回本当に「今日だけ」なのだ。明日は明日の「今日だけ」が始まる。
承認欲求という第二の燃料
「稼ぐ系」ビジネスには、もう一つの巧妙な仕掛けがある。
それは、買った人を「教える側」に変える仕組みだ。
「アフィリエイトで紹介料50%!」
「あなたも講師になれる認定コース!」
これは天才的だ。
なぜなら、情報商材を買って失敗した人(実は大多数)に、もう一つの逃げ道を用意しているから。
「この方法で稼げなかったけど、この方法を人に教えることで稼げる」
こうして、被害者は加害者に変わる。いや、「被害者」「加害者」という言葉すら適切ではない。なぜなら、誰も本当には傷ついていないから。傷ついたのは財布だけで、希望という名の麻薬を得たのだから。
これは完璧な循環システムだ。ネズミ講との違いは、違法ではないこと。そして、誰も訴えないこと。
では、あなたは何もしてはいけないのか
ここまで読んで、あなたは思うかもしれない。
「じゃあ、何も信じるな、何も学ぶな、ってこと?」
違う。
問題は「学ぶこと」ではなく、「思考を外注すること」だ。
良質な情報は存在する。本当に価値ある教材もある。ただし、それを見分けるための基準を持っていなければ、あなたは永遠に砂金を探して川辺を彷徨う金鉱掘りのままだ。
本物を見分ける5つの質問
あなたが何か「稼げる系」の情報に触れたとき、この5つを自問せよ。
1. この人の収益源は「実践」か「教育」か?
実際にそのビジネスで稼いでいるのか、それとも「教えること」で稼いでいるのか。後者なら、メタ構造に乗っているだけだ。
2. この情報が広まれば広まるほど、価値は下がるか?
多くの人が知ることで無価値になる情報なら、それを公開している時点で矛盾している。
3. 「誰でも」「簡単に」「すぐに」が揃っているか?
この3つが同時に存在する場合、それは希望を売る商品であって、実用的なノウハウではない。
4. 失敗した人の声を公開しているか?
成功事例だけで失敗事例がゼロなら、それはデータではなくプロパガンダだ。
5. この人に、私から金を取る以外の動機はあるか?
純粋な知識共有、コミュニティへの貢献、業界の発展…そういった副次的動機が見えるか?見えないなら、あなたは「商品」だ。
本当の自由は、ゲームに参加しないことから始まる
ここで、一番難しい真実を語ろう。
「楽して稼ぐ」は、構造的に不可能だ。
なぜなら、資本主義経済において「価値の創造なき報酬」は存在しないから。
誰かが労せず得るとき、必ずどこかで誰かが労して失っている。宝くじの当選者がいるのは、99.9%の人が外れくじを引いているから。
しかし、これは絶望ではない。
むしろ、この真実を受け入れることが自由への第一歩だ。
なぜなら、「楽して稼ぐ方法」を探すことをやめた瞬間、あなたは本当に重要な問いに向き合えるから。
「私は、どんな価値を創造できるのか?」
「私は、誰のどんな問題を解決できるのか?」
「私にしかできないことは何か?」
これらの問いには、コピペで答えは出ない。AIにも答えられない。あなた自身が、試行錯誤と失敗と小さな成功を積み重ねて、見つけるしかない。
失敗を「投資」だと勘違いするな
もう一つ、重要なことを言っておく。
「失敗は成功の母」という言葉は半分嘘だ。
ただの失敗は、ただの失敗でしかない。
失敗から学べるのは、その失敗を観察し、分析し、次の行動を変える人だけだ。
情報商材を買って実践しない。それは失敗ですらない。それは「希望という麻薬を買った」だけだ。
実践して失敗する。これが本当の投資だ。なぜなら、その失敗から学べるから。
そして、10回失敗して1回成功する。その1回の成功体験は、どんな高額教材より価値がある。なぜなら、それはあなたの文脈で、あなたのリソースで、あなたのタイミングで起きた再現不可能な奇跡だから。
その奇跡を、あなたは他人に売ることはできない。なぜなら、他人はあなたではないから。
しかし、その奇跡を積み重ねることはできる。そして、気づいたときには、あなたは「稼ぐ系」情報など必要としない人間になっている。
砂漠から出る方法は、地図を捨てることだ
最後に、冒頭のメタファーに戻ろう。
砂漠で喉が渇いている。商人が地図を売っている。その地図を買うべきか?
答えは、「地図を買わずに歩き出せ」だ。
正確には、地図は参考にしてもいい。しかし、地図に従うな。なぜなら、その地図は「地図を売るため」に描かれているから。
あなた自身の足で歩き、あなた自身の目で見て、あなた自身の判断で方向を決めろ。
道を間違えたら引き返せばいい。喉が渇いたら日陰で休めばいい。倒れそうになったら、本当に助けてくれる人は地図など売らずに水を分けてくれる。
そして、もしあなたがオアシスにたどり着いたら。
砂漠には戻るな。
静かに水を飲め。そして、必要なら、地図など持たずに歩いてきた迷子を、ただ導いてやれ。
最後に – 現代のリーバイ・シュトラウスは誰か
小ネタで終わろう。
1849年のゴールドラッシュで最も儲けたのは、ジーンズを売ったリーバイ・シュトラウスだった。
2025年の「稼ぐ系」ゴールドラッシュで最も儲けているのは誰か?
- LP(ランディングページ)作成ツールの会社
- メルマガ配信システムの会社
- 決済代行サービスの会社
- SNS広告を運用する広告代理店
彼らは「稼ぐ方法」など一切教えない。ただ、「稼ぎたい人が使うツール」を、黙って提供している。
つまり、本当に賢い人は、ゲームのプレイヤーではなく、ゲームのインフラを作る側に回っている。
あなたもプレイヤーにならなくていい。インフラ側に回れとも言わない。
ただ、ゲームに参加しない自由だけは、死守しろ。
それが、この記事で私が本当に伝えたかったことだ。
P.S.
この記事自体が、ある種の「情報商材」だと思った人。
正解だ。
私もまた、あなたの時間を使って、この文章を読ませた。
違いは、私が対価を求めていないこと。そして、あなたに「買え」とは言わずに「考えろ」と言っていることだ。
もしこの記事が価値があると思ったなら、誰かに教えてもいい。しかし、「この記事を読めば稼げる」などとは絶対に言うな。
この記事の価値は、読んだ人が稼げるようになることではなく、読んだ人が騙されなくなることだから。
それが、私がこの長文を書いた唯一の理由だ。じゃあ、次は逆の視点での記事を読んでみてほしい。私が「(中身のない)高額情報商材やコンサルの販売者だったら」
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