画面の前で30分固まっている。
ChatGPTの入力欄に何を書けばいいのか分からず、「プロンプト 書き方 コツ」で検索する。出てきたのは、{変数1}、{ロール}、{出力形式}といった記号だらけのテンプレート。見た瞬間、頭が真っ白になる。「やっぱり俺には無理だ。プログラミングの才能がないんだ」――そう諦めて、結局いつものExcelに戻る。
あなたは技術オンチじゃない。ただ、AIを「特別視」しすぎているだけだ。
もしあなたが部下に「この資料、要点だけまとめといて」とメールできるなら、あなたは既にプロンプトを書ける。もし家族に「明日の買い物リスト作って」と頼めるなら、あなたは既にAIを使いこなせる。問題は「プロンプト」というカタカナ語と、その周辺に生まれた人工的な技術信仰が、あなたの既存スキルを封印しているだけなのだ。
今日、その呪いを解く。
H2: プロンプトの正体――それは「新人への指示」と何も変わらない
プロンプト=特殊技能という幻想
世の中には「プロンプトエンジニアリング」という言葉がある。まるでプログラミングのような専門知識が必要で、変数を駆使し、パラメータを調整し、魔法の呪文を唱えなければAIは動かない――そんな印象を与える言葉だ。
これは壮大な勘違いだ。
プロンプトの本質は、「相手に依頼する文章」以外の何物でもない。あなたが毎日やっている「部下への指示メール」「家族へのお願いLINE」「取引先への依頼書」と、構造は完全に同じ。違いはただ一つ――相手が人間かAIかというだけだ。
試しに考えてほしい。もし入社1日目の新人・田中くんに以下のように指示したら、どうなるか。
{変数1}を{変数2}の形式で出力し、{制約条件A}を満たしつつ、{役割B}として振る舞え
田中くんは100%フリーズする。
一方、こう言ったらどうだろう。
田中くん、昨日の会議の議事録、要点だけ3つにまとめといて。明日の報告で使うから
田中くんは即座に動く。 そしてAIも、まったく同じだ。
「5W1Hが明確な1行」が、変数だらけの500文字に勝つ理由
プロンプトが難しいと感じる人の共通点――それは「完璧な指示書」を書こうとして、かえって何を求めているのか曖昧になることだ。
例えば、こんなプロンプトを見たことがあるだろう。
あなたは{専門家の役割}として、{対象読者}に向けて、{トーン}で、{文字数}以内に、{制約条件}を満たしつつ、{出力形式}で回答してください。
一見すると完璧に見える。しかし実際は、「誰が・何を・いつまでに・どのように・なぜ」という核心が見えない。変数を埋める作業に必死で、肝心の「自分が本当は何を求めているのか」が整理されていない。
対して、以下のような依頼文はどうだろう。
取引先向けのプレゼン資料を作りたい。昨日の会議メモから、提案の背景・課題・解決策の3点を、各100文字でまとめてほしい。明日の午前中に使う。
これだけで、AIは的確に動く。 なぜなら、「誰のために(取引先)」「何を(プレゼン資料の要素)」「いつまでに(明日午前)」「どのように(各100文字、3点構成)」「なぜ(会議メモを活用)」が全て揃っているからだ。
プロンプトで最も重要なのは、変数の数ではない。5W1Hの明確さだ。
「10秒テスト」――あなたの依頼は口頭で説明できるか
ここで、あなたに1つの基準を渡そう。
「この依頼を、10秒以内に口頭で田中くんに説明できないなら、プロンプト以前にあなたの要求が曖昧すぎる」
試してほしい。今あなたがAIにやってもらいたいことを、声に出して10秒で説明してみる。もし言葉に詰まるなら、それは「まだ考えが整理されていない」という証拠だ。AIが悪いのではない。あなた自身が「何が欲しいのか」を言語化できていないだけだ。
逆に、10秒でスラスラ説明できるなら、その文章をそのままAIに送ればいい。それが最高のプロンプトになる。
H2: テンプレート依存が失敗を生む――「他人の型」では思考が育たない
プロンプト集という麻薬
「プロンプト集 最強」「ChatGPT テンプレート 100選」――こうした記事を漁った経験があるだろう。そして、コピペして使ってみたが、期待外れの結果に終わった経験も。
なぜか。答えは単純だ。それは「あなたの依頼」じゃないからだ。
テンプレートは、作成者の「特定の状況・目的・前提」に最適化されている。あなたがそれを借りるとき、本来なら「自分の状況に合わせて変数を埋める」必要がある。しかし多くの人は、変数を埋める作業すら「正解を探す行為」にしてしまう。
「{変数1}には何を入れればいいんだろう?」「{役割}って、具体的にどう書くの?」
こうして、本来の目的(問題解決)から遠ざかり、「テンプレートを正しく使うこと」が目的化する。これはまるで、料理を作りたいのにレシピ本の読み方を勉強している状態だ。
「自分の言葉」で依頼する訓練が、AI活用の本質
プロンプトが上手い人と下手な人の決定的な違い――それは「テンプレートを使うか使わないか」ではない。「自分の思考を言語化する習慣があるかないか」だ。
例えば、優秀なマネージャーは部下に指示を出すとき、以下のような思考回路を瞬時に回す。
- 背景: なぜこの作業が必要なのか(会議で使う、顧客に見せる、etc.)
- 成果物: 何を作ってほしいのか(要約、グラフ、提案書、etc.)
- 制約条件: どんな形式・分量・期限か(A4一枚、明日まで、etc.)
- 判断基準: どうなったら合格か(読みやすさ重視、正確性重視、etc.)
これがそのままプロンプトになる。 テンプレートなど不要だ。あなたが普段、人間に指示を出すときの「思考の型」を、そのままAIに適用すればいい。
失敗から学ぶ力が、完璧主義に勝つ
もう一つ、プロンプト初心者が陥る罠――「一発で完璧な結果を求めること」だ。
AIが期待外れの回答を返すと、「やっぱり難しい」と諦める。しかし考えてほしい。新人の田中くんも、最初の指示で完璧な成果物を出すことはない。 あなたは修正指示を出し、2回目、3回目でようやく納得する結果を得る。
AIも同じだ。初回の出力が80点なら、「ここが違う」という修正を追加で送ればいい。むしろ、「下手でも10回試した人」の方が、「完璧を目指して1回で諦めた人」より遥かに成果を出す。
なぜなら、試行錯誤の過程で「自分が本当に求めているもの」が明確になるからだ。最初から完璧な依頼文など書けない。書きながら、AIの反応を見ながら、自分の思考を研ぎ澄ませていく――これがAI活用の真髄だ。
H2: 今日から実践できる「脱・プロンプト集」3ステップ
Step 0: まず「普通の日本語」でAIに話しかける
何も考えず、今すぐスマホでChatGPTを開け。そして以下のように入力する。
今日のタスクを整理したい。優先順位をつけて、3つに絞ってくれ
これだけだ。 変数も役割設定も要らない。「〜してくれ」「〜が欲しい」という普通の依頼文で、まず送信ボタンを押す。
結果が期待外れでも構わない。重要なのは「テンプレートなしでも送れる」という成功体験だ。この1回が、あなたの「プロンプト恐怖症」を70%減らす。
Step 1: 5W1Hを紙に書く習慣
次に、少しだけ丁寧にやってみよう。AIに依頼する前に、以下を紙に書く。
- Who(誰が/誰のために): この成果物は誰が使うのか
- What(何を): 具体的に何を作ってほしいのか
- When(いつまでに): 期限や使用タイミングは
- Where(どこで): どんな場面で使うのか
- Why(なぜ): なぜそれが必要なのか
- How(どのように): どんな形式・分量・トーンで
書けない項目があれば、その依頼は「まだ考えが整理されていない」と判断して保留する。 これだけで、曖昧な依頼による失敗が90%減る。
例えば、以下のように書けたとする。
Who: 取引先の部長
What: 提案書の要約
When: 明日の打ち合わせ
Where: 会議室でのプレゼン
Why: 事前に要点を共有して議論をスムーズにするため
How: A4一枚、箇条書き、丁寧な口調
この情報をそのまま文章にすれば、以下のような依頼文になる。
明日、取引先の部長との打ち合わせがある。提案書の要点をA4一枚にまとめて、箇条書きで簡潔に整理してほしい。事前共有して、議論をスムーズにするのが目的だ。
これが95点のプロンプトだ。 テンプレートなど一切使っていない。ただ「5W1Hを整理した依頼文」を書いただけだ。
Step 2: 「修正依頼」で精度を上げる
初回の出力が期待外れだったとしよう。ここで諦めるのではなく、「どこが違ったのか」を田中くんに説明するつもりで修正指示を送る。
例えば、こんな風に。
ありがとう。ただ、もう少しカジュアルな表現にしてほしい。取引先とは長い付き合いで、堅苦しい文章だと逆に距離を感じさせるから
あるいは、
箇条書きは良いけど、各項目が長すぎる。一つ50文字以内で、パッと見で分かるようにまとめ直して
この「追加の背景情報」が、AIの精度を飛躍的に高める。 初回で完璧を求めず、2回目、3回目で理想に近づける――これが「AI活用の実務スキル」だ。
Step 3: 「部下への指示」と並行作成する
最後に、最も効果的な訓練法を教える。
今日、部下や同僚にメールで何か依頼するとき、その文面をそのままコピペしてAIにも送ってみろ。
例えば、こんなメールを書いたとする。
田中くん
お疲れ様です。
昨日の会議で出た「新規顧客獲得施策」について、競合3社の事例をリサーチしてもらえますか?
各社の特徴(強み・弱み・価格帯)を表にまとめて、明日の15時までに共有してください。
次回の企画会議で参考にします。
よろしくお願いします。
このまま、ChatGPTにコピペして送る。 すると、AIも田中くんと同じように「競合3社の事例を表形式でまとめた資料」を返してくる。
この訓練を1週間続けると、「プロンプト」と「依頼メール」の区別がなくなる。あなたは既にプロンプトマスターだったのだと気づく。
H2: よくある不安への回答――あなたの「できない理由」を全部潰す
Q1: 「でも、専門的な作業には複雑なプロンプトが必要じゃないの?」
A: いいえ。専門性が高いほど、シンプルな依頼文で十分だ。
なぜなら、専門的な作業ほど「何を求めているか」が明確だからだ。例えば、プログラムのバグ修正を依頼するなら、こう書けばいい。
このPythonコードでエラーが出る。エラーメッセージは「IndexError: list index out of range」。原因と修正方法を教えて。コードは以下の通り。
(コードを貼り付け)
変数もロール設定も要らない。「何が起きているか(エラー)」「何が欲しいか(原因と修正法)」「材料は何か(コード)」が揃っていれば、AIは即座に答える。
逆に、曖昧な依頼(「このコード、なんか変なんだけど見て」)の方が、専門性に関わらず失敗する。問題は複雑さではなく、曖昧さだ。
Q2: 「AIが的外れな回答を返してきたら、どう修正すればいいの?」
A: 「田中くんの誤解を解くつもり」で、追加情報を送れ。
AIが期待外れの回答を返すとき、それは「指示が曖昧だった」か「前提情報が足りなかった」のどちらかだ。部下が的外れな成果物を出してきたときと同じだ。
このとき使える「修正プロンプトの型」は以下の通り。
ありがとう。ただ、〇〇の部分は意図と違う。
実際は△△という背景があって、××のような結果が欲しかった。
もう一度、この前提で作り直してくれ。
例えば、
ありがとう。ただ、「カジュアルな表現」は口語すぎた。
実際はビジネス文書として通用するレベルで、堅苦しくない程度の丁寧さが欲しい。
「です・ます調」は残しつつ、専門用語を減らす形で再作成してくれ。
3回以内の修正で80点に到達すれば、そのプロンプトは合格だ。 完璧主義を捨て、「修正前提」で依頼する方が、結果的に早く成果が出る。
Q3: 「テンプレートを使っちゃダメなの?」
A: ダメじゃない。ただし「自分の言葉に翻訳」してから使え。
テンプレートの真の問題は「存在」ではなく、「思考停止して丸コピペすること」だ。もしテンプレートを使うなら、以下の手順を踏め。
- テンプレートを見る
- 「これを田中くんに説明するなら、どう言い換えるか」を考える
- 自分の言葉で書き直してから、AIに送る
例えば、こんなテンプレートがあったとする。
{役割}として、{対象読者}に向けて、{目的}を達成するための{成果物}を作成してください。
これを、自分の言葉に翻訳すると、
営業チームのリーダーとして、新人営業向けに、初回訪問の成功率を上げるためのトークスクリプトを作ってほしい。
この翻訳作業こそが、あなたの「AI活用スキル」を鍛える。 テンプレートは「参考」にはなるが、「依存」してはいけない。
Q4: 「結局、何回も修正するなら、自分でやった方が早いのでは?」
A: 初回は確かにそうだ。しかし10回目には、AIの方が3倍速くなる。
これは「部下の育成」と全く同じ構造だ。新人に初めて仕事を教えるとき、自分でやった方が速い。しかし10回同じ作業を教えた後、部下は自走し始める。そしてあなたは、その作業から解放される。
AIも同じだ。同じ種類の依頼を繰り返すうちに、「どう書けば一発で通るか」のパターンが体に染みつく。最初は3往復かかった修正が、1往復で済むようになる。
さらに、ChatGPTには「過去の会話を記憶する機能」がある。一度「私は〇〇業界で、△△の立場で、××のような目的でAIを使っている」と伝えれば、次回以降は背景説明が不要になる。育てれば育てるほど、AIはあなた専用の秘書になる。
まとめ: 「プロンプト」という言葉を、今日から使うな
ここまで読んだあなたに、最後の宿題を出す。
今日から「プロンプト」という言葉を使うな。代わりに「依頼文」と呼べ。
プロンプトという言葉には、「特殊な技術」「専門知識」「複雑な設定」といったノイズが纏わりついている。その言葉を使うたびに、あなたの脳は「これは難しいもの」というバイアスを強化する。
しかし「依頼文」なら、あなたは毎日書いている。部下へのメール、取引先への見積依頼、家族へのLINE――全て「依頼文」だ。そして、それがそのままAIに通用する。
あなたに足りないのは、変数でも呪文でもない。ただ「5W1Hを整理する習慣」だけだ。
もう一度言う。もしあなたが、10秒で「誰が・何を・いつまでに・どのように・なぜ」を口頭で説明できるなら、その依頼は必ず成功する。逆に説明できないなら、それは「まだ自分の中で答えが出ていない」という証拠だ。
AIは魔法の箱じゃない。あなたの思考を整理し、言語化する訓練道具だ。 プロンプトが上手い人は、実は「自分の頭の中を言葉にするのが上手い人」なのだ。
今、この瞬間からあなたはもう「AI難民」じゃない。スマホを開け。ChatGPTを起動しろ。そして、田中くんに話しかけるように、こう入力する。
「今日のタスクを整理したい。優先順位をつけて、3つに絞ってくれ」
送信ボタンを押せ。 あなたの新しい世界は、そこから始まる。
コメント