あなたも経験があるはずだ。
ダイエットサプリを買い、育毛剤を試し、転職エージェントに登録し、自己啓発セミナーに通った。最初は希望に満ちていた。「今度こそ変わる」と信じていた。
でも、何も変わらなかった。
1週間後、あなたはまた同じ場所にいた。また別の商品を探し始めた。「もっといいものがあるはずだ」と。
これは、あなたのせいじゃない。
実は、それらの商品は最初から「あなたを変えない」ように設計されている。なぜなら、あなたが変わってしまったら、彼らのビジネスが終わるから。
これは陰謀論ではない。資本主義の構造的必然だ。
世界は「穴の空いたバケツ」で溢れている
想像してほしい。
あなたの手には、底に穴が空いたバケツがある。水を汲んでも汲んでも、すぐに空になる。疲弊したあなたに、セールスマンが近づいてくる。
「このバケツなら穴が小さいですよ!前のより全然マシです!」
あなたは喜んで買い替える。確かに前よりは少しマシだ。でも、やっぱり水は漏れ続ける。
次のセールスマンがやってくる。「このバケツは特殊コーティングで水の流出速度が30%減少します!」
またあなたは買う。そしてまた、水は漏れる。
誰もあなたに「穴を塞げ」とは言わない。なぜなら、穴のないバケツは売っていないから。
これが、現代のマーケティングの正体だ。
医療、美容、金融、教育、人間関係――あらゆる産業が、この「穴の空いたバケツ」を売っている。
ニキビクリームが肌荒れを治さない理由
あなたの肌が荒れている。
市場はあなたに高機能化粧水を売る。美容液を売る。コンシーラーを売る。
でも誰も教えてくれない。あなたの肌荒れの本当の原因は、腸内環境の悪化と慢性的な睡眠不足だということを。
なぜなら、それを教えてしまったら、あなたは化粧水を買わなくなるから。
もしあなたが「発酵食品を食べて、7時間寝る」という根本解決を実行したら、3ヶ月後にはニキビは消える。そして二度と化粧水を買わなくなる。
企業はこれを知っている。だから教えない。
代わりに、彼らはあなたに「このクリームには〇〇成分が配合されています!」と叫ぶ。あなたは希望を持って買う。でも3週間後、ニキビは戻ってくる。
「ああ、やっぱり私の肌は特別なんだ。もっと高いクリームを試さないと」
こうして、あなたは一生、化粧水を買い続ける。
転職エージェントは「人生の救急車」だ
あなたは今の職場に不満がある。
上司と合わない。仕事がつまらない。給料が安い。
転職エージェントに登録する。彼らは親切に、新しい職場を紹介してくれる。あなたは希望を持って転職する。
でも、1年後、あなたはまた同じ不満を抱えている。
なぜなら、エージェントは「次の病院」には連れて行ってくれるが、「なぜあなたが怪我をしたのか」「次の病院でまた怪我をしないためには何が必要か」は教えてくれないから。
だって、怪我人がいなくなったら、救急車は仕事を失うから。
本当の問題は、あなたが「自分のキャリア軸」を持っていないことかもしれない。あるいは、そもそも今の業界全体が構造的に問題を抱えているのかもしれない。
でもエージェントはそんなことは分析しない。彼らのKPIは「成約数」だから。
あなたは3年ごとに転職を繰り返し、エージェントは3年ごとに手数料を稼ぐ。
これが、対処療法ビジネスのカラクリだ。
資本主義は「治らない仕組み」を最適解としている
ここで誤解しないでほしい。
これは「企業が悪い」という単純な話ではない。個々の経営者やマーケターが悪意を持っているわけでもない。
これは、資本主義の成長至上主義が生んだ構造的な問題だ。
企業は成長しなければ生き残れない。株主は増収増益を要求する。そのためには、顧客がリピート購入し続ける必要がある。
つまり、顧客の問題が完全に解決されることは、企業にとって最悪のシナリオなのだ。
考えてみてほしい。
もしダイエットサプリが本当に痩せる効果があったら?もう二度と買わなくなる。LTV(顧客生涯価値)は崩壊する。
もし育毛剤が本当に毛を生やしたら?リピート購入は止まる。
もし自己啓発セミナーが本当に自己肯定感を高めたら?次のセミナーに来なくなる。
だから、商品は「あと一歩で解決する」という希望を持たせながら、決して完全には解決させない絶妙なラインで設計される。
これは「計画的陳腐化」の心理版だ。
家電メーカーが製品を意図的に壊れやすく設計するように、悩み解決ビジネスは「治りかけ」で止まるように設計されている。
サブスクリプションは「永遠の対処療法」だ
近年のサブスクリプションモデルの隆盛は、この構造を極限まで洗練させたものだ。
月額課金のスキンケア。月額課金のサプリ。月額課金のオンライン学習。
あなたは毎月支払い続ける。なぜなら、「今月やめたら、今までの努力が水の泡になる気がする」から。
これは行動経済学でいう「サンクコストの呪い」だ。企業はあなたを、退出コストの高い迷路に閉じ込める。
そして気づいたときには、あなたは年間30万円を「治らない商品」に使っている。
最も儲かるビジネスは、顧客の問題を解決しないこと
ここで残酷な真実を告げよう。
市場で最も成功しているビジネスモデルは、顧客を卒業させないビジネスだ。
逆に、本当に顧客の問題を解決してしまうビジネスは、市場から淘汰される。
なぜなら、解決されてしまった顧客は去っていくから。新規顧客の獲得コストは、既存顧客の維持コストの5倍かかる。つまり、顧客を卒業させるビジネスは、構造的に不利なのだ。
これは「良心的な企業が負ける市場」だ。
対処療法ビジネスの5つの特徴
この構造を理解するために、対処療法ビジネスの典型的な特徴を整理しよう。
1. 「症状」にフォーカスし、「原因」には触れない
ニキビクリームは「ニキビを消す」とは言うが、「なぜニキビができるのか」は説明しない。
2. 即効性を謳う
「たった1週間で!」「飲むだけで!」――根本解決には時間がかかることを知っているからこそ、短期的な変化を強調する。
3. 「あなたは悪くない」と囁く
「意志が弱いあなたでも大丈夫!」――本当は生活習慣を変える必要があるのに、「努力不要」を謳う。
4. 「次こそは」という希望を持たせ続ける
「この新成分なら!」「このバージョンなら!」――常にアップグレード商品が用意されている。
5. リピート購入が前提の設計
サブスク、定期購入、消耗品――一度の購入では終わらない構造。
これらの特徴を持つ商品は、9割が対処療法だと思っていい。
なぜ人々は「穴の空いたバケツ」を買い続けるのか?
ここで疑問が浮かぶ。
なぜ人々は、こんなにも簡単に対処療法に騙されるのか?
答えは単純だ。人間の脳は、短期的な報酬を長期的な利益よりも優先するように設計されているから。
これは生物学的な宿命だ。
数万年前、人類が狩猟採集をしていた時代、「今日食べる果物」は「1年後の健康」よりも重要だった。短期的思考は生存戦略として正しかった。
でも現代は違う。
腸内環境を整えるために3ヶ月間発酵食品を食べ続けることよりも、「今すぐニキビを消せる」クリームの方が魅力的に見える。
毎日30分のストレッチを続けることよりも、「座るだけで肩こり解消」のマッサージチェアが魅力的に見える。
企業はこの人間の弱点を完璧に理解している。そして、そこに付け込む。
ストレス社会が対処療法を加速させる
さらに悪いことに、現代社会は慢性的なストレスで満ちている。
長時間労働、SNSの情報過多、睡眠不足――人々の脳は常に疲弊している。
疲れた脳は、複雑な意思決定ができない。だから「簡単」「すぐに」「努力不要」という言葉に飛びつく。
これは意志の弱さではない。脳のエネルギー不足という、生理学的な問題だ。
企業はこれも知っている。だから広告は「ラクして」「すぐに」を連呼する。
あなたが疲れているほど、対処療法は魅力的に見える。
そして、対処療法を買い続けるほど、あなたの財布は軽くなり、さらにストレスが増え、さらに対処療法に依存する――という悪循環が生まれる。
「根本原因」が見えない世界で、私たちはどう生きるべきか
ここまで読んで、あなたは絶望したかもしれない。
「じゃあ、私は一生騙され続けるのか?」
いや、そうではない。
この構造を知ることが、脱出の第一歩だ。
対処療法ビジネスの最大の武器は「無自覚」だ。消費者が気づかなければ、システムは永遠に回り続ける。
でも、あなたはもう知っている。
次に何かを買おうとしたとき、自分に問いかけてほしい。
「これは穴を塞ぐのか?それとも、水を汲むバケツなのか?」
5 Whysで根本原因を暴け
ここで、あなたにひとつのツールを渡そう。
「5 Whys(なぜを5回繰り返す)」という分析手法だ。
これはトヨタ生産方式で使われる問題解決の技法で、表面的な症状から根本原因を探り当てるために使う。
例:ダイエットサプリを買おうとしているあなた
- なぜ痩せたいのか? → 最近太ってきたから
- なぜ太ったのか? → 運動しないで食べてばかりいるから
- なぜ運動しないのか? → 仕事が忙しくて疲れているから
- なぜ疲れているのか? → 毎日終電まで働いて、睡眠時間が5時間しかないから
- なぜそんな働き方をしているのか? → 業務が非効率で、無駄な会議が多く、断れない性格だから
根本原因:職場の構造的問題と、境界線(バウンダリー)を引けない性格
この場合、ダイエットサプリを飲んでも何も解決しない。
本当に必要なのは、「無駄な会議を減らす交渉」と「Noと言う練習」だ。
このように、「なぜ」を繰り返すことで、対処療法の嘘が見抜けるようになる。
根本解決は「面倒くさい」。でもそれが答えだ
ここで残酷な真実をもうひとつ。
根本解決は、ほとんどの場合、面倒くさい。
ニキビを治すには、食事日記をつけ、発酵食品を毎日食べ、7時間寝る必要がある。
肩こりを治すには、デスクの高さを調整し、30分ごとにストレッチし、姿勢を意識する必要がある。
転職を成功させるには、自分のキャリア軸を言語化し、市場価値を高めるスキルを磨き、業界研究をする必要がある。
これらは全て、クリーム1本やサプリ1粒では解決しない。
だから人々は対処療法に逃げる。企業はそこに付け込む。
でも考えてほしい。
あなたはこれまで、対処療法にいくら使ってきた?
ダイエット商品、スキンケア、転職サービス、自己啓発本――合計したら、数十万円、いや数百万円になるかもしれない。
その金と時間を、根本解決に使っていたら、今ごろあなたの人生はどう変わっていただろうか?
AIが「ゲームのルール」を変える可能性
ここまで暗い話をしてきたが、希望もある。
AIの登場が、この歪んだ構造を破壊する可能性がある。
なぜなら、AIは人間が処理しきれない膨大な情報から、因果関係とパターンを見つけ出すことができるから。
AIによる「根本原因の自動分析」
想像してほしい。
あなたが「肩こりがひどい」とAIに相談する。
AIは医学論文、栄養学、都市部のストレスレベル、特定の職業の姿勢データ、あなたの生活習慣データを横断的に分析する。
そして、こう答える。
「あなたの肩こりの根本原因は、デスクの高さが3cm低いことと、1日8時間スマホを見下ろす姿勢です。マッサージチェアではなく、デスクを3cm上げて、スマホを目線の高さで見るスタンドを買ってください。」
あなたはその通りにする。2週間後、肩こりは消える。
あなたは二度とマッサージチェアを買わなくなる。
だが、あなたは友人10人にこのAIツールを紹介する。
これが、新しいビジネスモデルだ。
「解決力」そのものが資産になる時代
従来のビジネスモデルでは、顧客を依存させることが最適解だった。
でも、AIの時代には逆説が成立する。
本当に顧客の問題を解決することが、最も収益性の高いビジネスモデルになる。
なぜなら、一度の根本解決で:
- 紹介と口コミが永続的に発生する
- 「治せる人」としての信頼資産が、広告費を上回る
- 顧客は解決後も「次の課題」を持ち込んでくる
これは「評判資本主義」だ。
対処療法ビジネスが「リピート購入」に依存するのに対し、根本解決ビジネスは「信頼の複利」で成長する。
そして、この信頼の蓄積と分析を最も得意とするのが、AIだ。
次に何かを買う前に、自分に問いかけてほしい
この記事を読んだ今日から、あなたの消費行動は変わる。
いや、変わらなければならない。
次にあなたがAmazonでカートに商品を入れる前に、自分に問いかけてほしい。
「これは穴を塞ぐのか?それとも、水を汲むバケツなのか?」
次に広告を見て「これいいかも」と思ったら、立ち止まって5 Whysを実行してほしい。
- なぜこれが欲しいのか?
- なぜその問題が起きているのか?
- なぜ…
5回繰り返せば、大抵の対処療法の嘘は見抜ける。
そして、本当に必要なものが見えてくる。
それは、クリームでもサプリでもアプリでもない。
生活習慣の再設計かもしれない。環境の変更かもしれない。あるいは、勇気を出して「No」と言うことかもしれない。
面倒くさい?そうかもしれない。
でも、あなたはもう知っている。
対処療法を買い続けるコストの方が、はるかに高いということを。
金銭的なコストだけじゃない。時間、健康、そして何より「自分の人生をコントロールしている」という感覚――それらすべてを、あなたは対処療法に奪われてきた。
穴の空いたバケツを置いて、歩き出そう
最後に、もう一度あの比喩に戻ろう。
あなたの手には、底に穴が空いたバケツがある。
これまであなたは、必死に水を汲み続けてきた。新しいバケツを買い、また水を汲み、また買い替えて。
でも、もうバケツを置いてもいい。
穴を塞げばいい。あるいは、そもそもバケツが必要ない生き方を見つければいい。
企業はあなたに「もっといいバケツがありますよ」と囁き続けるだろう。
メディアは「最新のバケツはこれだ!」と叫び続けるだろう。
でも、あなたはもう知っている。
誰もあなたに穴の塞ぎ方を教えてくれない理由を。
だから、自分で学ぶしかない。
5 Whysを使って、根本原因を見つける。
AIを使って、人間では見えないパターンを発見する。
そして、面倒くさくても、時間がかかっても、根本解決に向かって歩き出す。
それが、穴の空いたバケツから解放される唯一の道だ。
さあ、あなたは今日、何を買おうとしていた?
その商品は、穴を塞ぐのか?
それとも、また水を汲むバケツなのか?
答えは、あなたが一番よく知っている。
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