「AIを使って、GAS(Google Apps Script)で便利なツールを作ってみましょう!」
私がそう高らかに宣言すると、多くの人は目を輝かせてこう言う。「はい!ぜひやりたいです!楽がしたいです!」
そして私が「では、具体的に何を自動化したいですか?」と尋ねると、世界は静寂に包まれる。まるで禅寺の早朝のような、張り詰めた静けさだ。
なぜか?
あなたが技術的なことを知らないから沈黙したのではない。「自分が何に困っているのか」さえ分かっていないからだ。
多くの人がプログラミングや自動化で挫折するのは、コードが書けないからではない。「作りたいものがない」という致命的な欠陥を抱えているからだ。しかし安心してほしい。それはあなたの能力不足ではない。日本の教育と社会が、あなたを「我慢の達人」に育て上げてしまったからだ。
今回は、AIにプロンプトを投げるその前に、まずあなたの脳にこびりついた「我慢」という名の頑固な汚れを落とすところから始めよう。これは技術の話ではない。生き方の話だ。
なぜ日本人は「業務効率化」のネタを見つけるのが下手なのか?
私たちは子供の頃から、「嫌なことでも黙ってやり遂げるのが美徳」だと教わってきた。掃除の時間、漢字の書き取り、部活動の理不尽なルール。これらに対して「なぜやる必要があるのですか?」と問うことは許されず、ただ黙々とこなすことが評価された。
その結果、どうなったか?
社会人になったあなたは、「不便さに慣れすぎる能力」を手に入れてしまったのだ。
「コピペ1000本ノック」を仕事だと勘違いしていないか?
例えば、Web管理画面に表示されている今月の売上データを、Excelやスプレッドシートに一つずつコピペする作業があるとしよう。件数は1000件。
普通の感覚を持っていれば、3件目くらいで「あー!面倒くせえ!」と叫びたくなるはずだ。マウスを壁に投げつけたくなるのが正常な人間の反応だ。
しかし、あなたはこう自分に言い聞かせる。
「これも仕事だ。給料分は働かなければ。無の境地でやれば終わる……」
断言するが、それは仕事ではない。ただの苦行だ。
あなたの貴重な人生という時間を切り売りし、指紋を摩耗させているだけの儀式に過ぎない。
「手作業でやったほうが確実だ」
「ツールを作る時間で、手でやれば終わる」
これは、自動化のアイデアを殺す悪魔の囁きだ。
洗濯機が目の前にあるのに、「手で洗ったほうが汚れが落ちる気がする」と言って、厳冬の川で洗濯板を使っているのと同じだ。それを人は「勤勉」とは呼ばない。「思考停止」と呼ぶ。
GAS(Google Apps Script)は「サボりたい欲求」の受け皿である
ここで改めて、GAS(ガス)ことGoogle Apps Scriptの立ち位置を確認しておこう。
難しいことは覚えなくていい。GASとは、「Googleのサービス(スプレッドシート、Gmail、カレンダーなど)を、小人のように裏で勝手に動かしてくれる魔法」だ。
優秀なエンジニアほど「怠け者」であるという真実
ビル・ゲイツの有名な言葉に、こんな趣旨のものがある。
「私は難しい仕事には怠け者を選ぶ。なぜなら、彼らはそれを簡単に済ませる方法を見つけ出すからだ」
これは真理だ。
「真面目な人」は、100回繰り返す作業を与えられたら、どうすればミスなく100回できるかを考えて努力する。
一方で「怠け者」は、どうすればその作業を自分以外の誰か(あるいは何か)に押し付けられるかを必死で考える。
プログラミング、特にGASによる業務効率化において、崇高な志など必要ない。
必要なのは「一秒でも早く仕事を終わらせて、定時で帰ってビールを飲みたい」という、底なしの怠惰な欲望だけだ。
もしあなたが「今の業務に特に不満はない」と思っているなら、あなたは優秀な従業員かもしれないが、自動化の才能はない。
逆に、「毎日毎日、なんでこんなアホな作業をしなきゃならんのだ」と会社を呪っているあなた。おめでとう。あなたにはGASマスターになる才能がある。
「舌打ち」こそが最強のアイデアソース
では、具体的にどうすれば「作りたいツール」が見つかるのか?
答えはシンプルだ。性格を悪くすればいい。
日々の業務の中で、あなたが「イラッ」とした瞬間。
「チッ、なんでこれ手入力なんだよ」と心の中で(あるいは実際に)舌打ちした瞬間。
その瞬間にこそ、自動化のダイヤの原石が転がっている。
日常の「チッ(舌打ち)」を分析せよ
あなたが舌打ちする瞬間は、大きく分けて3つのパターンがあるはずだ。
1. 「繰り返し」への怒り
- 毎朝、特定のWebサイトを見て、数字をスプレッドシートに転記する。
- 毎週水曜日、同じメンバーに「会議資料出してね」とリマインドを送る。
- 心の声: 「私はロボットか? 同じことを何度もやらせるな」
2. 「単純作業」への虚無感
- 届いた請求書PDFをダウンロードして、フォルダ名を変えてGoogleドライブに保存する。
- アンケートの回答をコピーして、お礼メールのテンプレートに名前を張り替えて送信する。
- 心の声: 「この作業、脳みそ使ってない。私がやる意味ある?」
3. 「ミスへの恐怖」からのストレス
- 大量のデータの突き合わせチェック。
- メールの一斉送信(BCCに入れ忘れたら終わり、というプレッシャー)。
- 心の声: 「間違えたら怒られる…胃が痛い…機械がやってくれれば責任取らなくて済むのに」
この「チッ(舌打ち)」や「ため息」を無視してはいけない。
「この怒りをどうやって鎮めるか? そうだ、AIにGASを書かせて、俺は寝てよう」と考えるのが、これからの時代の賢い働き方だ。
【実践ワーク】今日から始める「殺意のメモ」
さて、精神論はここまでだ。
次回からは実際にAIを使っていくが、その前にあなたには準備運動が必要だ。
AIに「なんかいい感じのツール作って」と言っても、AIは困惑するだけだ。AIはあなたの「執事」であり、「エスパー」ではないからだ。
そこで、明日からの1週間、以下のワークに取り組んでほしい。名付けて「殺意のメモ」だ。
ノート(またはスマホのメモ)を用意し、以下の項目を記録する
仕事中に少しでも「面倒くさい」「ダルい」「意味不明」と感じた作業を、その瞬間に書き留める。綺麗に書く必要はない。感情のままに殴り書きでいい。
- 作業内容:毎朝のメールチェックと添付保存
- 感情(ここが重要):チッ、ダルい。秒で終わるけど毎日やるのが苦痛
- 頻度:毎日
- 作業内容:会議議事録の整形と共有
- 感情(ここが重要):殺意。さっき喋った内容をなんで手で打つんだ
- 頻度:週2回
- 作業内容:月末の請求書発行(宛名変え)
- 感情(ここが重要):虚無。コピペミスして怒られた、許さん
- 頻度:月1回
- 作業内容:交通費精算
- 感情(ここが重要):絶望。カレンダー見ながら経路調べる時間が無駄
- 頻度:月1回
1回あたり5分の作業でも「年換算」してみろ
「たった5分の作業だし、ツールを作るほうが面倒だ」と思うかもしれない。
だが計算してみよう。
1日5分の作業を毎日やると、年間(約240営業日)で1200分。つまり20時間だ。
あなたは毎年、丸々2日以上の時間を、その「くだらない5分の作業」に捧げていることになる。
GASでツールを作るのに1時間かかったとしても、12日後には元が取れる。残りの350日はすべて「黒字(自由時間)」だ。
こう考えれば、自動化しないことがいかに「損」であるかが分かるだろう。
まとめ:AIという「最強の部下」を迎える準備
今回は、ツールを作る前の「マインドセット」についてお話しした。
- 我慢をやめろ: 「不便」を放置するのは美徳ではない、怠慢だ。
- 舌打ちを逃すな: 怒りやイライラこそが、自動化の種になる。
- 殺意をメモしろ: 感情のこもったメモが、後の「仕様書」になる。
次回は、この溜まりに溜まった「殺意のメモ(やりたいこと)」を、AIが理解できる言葉に変換する「思考の翻訳術」について話そう。
多くの人がここで躓く。「AIへの指示の出し方」だ。
だが安心してほしい。プログラミング言語を覚える必要はない。「日本語の箇条書き」さえできれば、あなたは今日からエンジニアになれる。
それでは、次回までにたっぷりと「日々の業務への不満」を書き溜めておいてくれ。
その不満が大きければ大きいほど、素晴らしいツールが生まれるのだから。
(第1回 終了)
【次回予告】
第2回:AIは「察してちゃん」が大嫌い —— 欲望を箇条書きにする「思考の翻訳」トレーニング
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